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おまえどこ中?

最終学歴 オールフィクション

ロンリー・ザ・プラネット

短編
わたしが止めなければ、誰も止めない。
 
延々とループするアラームの音が部屋に響く。止めて、まだ微睡みの中と今を、行ったり来たりする脳。気だるい体を無理やり動かしベッドから出る。冷たいフローリングが、素足から温度を奪う。カーテンを開けると、外は雨。しとしと聞こえる不規則な音は、わたしを、やさしい気持ちにする。
 
洗面台の前に立ち、鏡に映る自分を見た。
疲れきった目、水分を欲している肌、絡まってまとまりのない髪。朝から酷く悲しい。それと同時に、いまからあなたをこの手で、美しくしてあげます。そんな意気込みもあるのです。
 

すっぴんが、メイクしたときよりも可愛いものでなくなった。

わたしは少女から女に成ってしまいました。
 
シャワーを浴びて水気を帯びた素肌。顔に化粧水、乳液、美容液。優しく丁寧に顔にのせる。起き抜けの顔とは違い、血色がよく、ハリも、ツヤもある。生気が、ある。鏡で確認して、ほっとする。
身体には、よい香りのするボディクリームを丁寧に塗る。スポンジケーキの表面を生クリームで覆うような、そんな気持ち。磨くように肌を撫でると、わたしの曲線に沿って、艶やかに光を反射する。衣服に覆われるまえの、この状態がすき。女の命と言われる毛髪に、サロンのヘアミストとヘアオイルをつけ、天使の輪を黒髪に落とす。
 
わたしにはこの儀式が必要なのです。血液が巡って体に温度をもたらす。生きている。明確に生を確認して、わたしは安心と少しの憂いを感じるのです。

特定の誰かにかわいいと思われたい。
強く思った初めての日のことはもう忘れたけれど、どんなに可愛くなろうとしてもその誰かからかわいいと思われているかなんて一生わからない。
相手の気持ちはわからない。
親でも、兄弟でも、一番仲のよい友人でも、愛してやまない恋人も。所詮は赤の他人である。この世は全員わたし以外の誰かだ。
 
誰かにかわいいなんて思われて、それで満足するならとっくになんとかなっている気がする。現にわたしの周りの人はやさしい。わたしを褒めてくれる。
でも、その安寧に浸り変化を怖れて化石になったら女は終わり。価値がないと思うのです。
 
同じわたしだけど、24時を越えたらもう同じわたしはどこにもいない。常に新しくいなくては。新しいわたしは、新しい今日を生きるのです。新しい今日だからどんな天気だって幸せな気持ちだ。わたしは雨の音がすき。曇りの日は地球全体でわたしを包み込んでくれているみたいだし、晴れの日はさわやかな気分。暑い日は湯船にゆっくり浸かりたい。寒い日は人に会いたくなる。木枯らしが吹く日は自分の孤独を見つめてあげたい。
 
どんな些細なことも、大切にして見逃したくない。すべてのことは無駄じゃない、明るく、そう思えます。今日という日は二度と来ないのです。今を生きるということは、未来の自分を育てていること。そう考えると、自分を、いまを、愛せる気がしてくる。他人にはわからない、理解されない、伝わらない、わたしが必ずある。他人に全部を受け入れてもらおうなんて思わないけれど、せめて自分が受け止めてあげたいのです。自分を愛せずに、どうして人を、愛せるのでしょうか。
 
髪のセットとメイクが終わったら、お気に入りのワンピースに身を包む。
さっき、丁寧に手入れした身体は布の下へと隠れた。世界中のほとんどの人が、この下の、素肌のわたしを見ることはない。恋人だけが見ることを許されるわたしの素肌が、今日も衣服の下であたたかく呼吸をしているのです。
鏡の前でくるっと回ってみた。膝丈のスカートから覗く少しふくらみを持った膝の裏。他人に触られることのない膝の裏に恋人が手のひらを添える瞬間が好きです。
 
ホワイトムスクの香水を控えめに纏って、小さなバッグに口紅とハンカチとお財布を入れる。さっきまで降っていた雨は止んだ。天使の羽のようなファーコートを羽織って、ハイヒールにそっとつま先から足をいれる。ガラスの靴ではないけれど、完璧な形のこの靴に、足を入れればわたしは、彼、たった一人の、お姫様なのです。