おまえどこ中?

最終学歴 オールフィクション

Kill me while I’m still young and pretty.

 

おにいちゃんは今日、大学のサークルで知り合った女の子とデートなのだそうだ。

早朝、世界一音が大きいと銘打った(うるさいからわたしも起きちゃう)目覚まし時計のアラーム音が家中に鳴り響いて起床。シャワーをひと浴びして、全裸(見たくない)で自室まで移動する。ボクサーパンツだけを身につけ、おもむろに窓を開けるとベランダに出て日光を一身に浴び、太陽に向かってなぜかダハハ!と笑う。その場でブルガリの香水を豪快に手にとって胸元にバーン!そのあとちょっと自分の胸毛を撫でる。

洗面所に移動して、鏡の前であごを突き出したり鼻の下を伸ばしたりして、丁寧にカミソリをほおや顎に撫で付ける。仕上げにわたしのソフィーナの化粧水を無断で(金とるぞ)バシャバシャつける。軽く乾かしてから整髪料をたくさんつけまとめた毛髪は、くしをどう動かしたのかが見て取れる。

近頃は、毎日欠かすことなく筋トレを行っているらしい。プロテインやタンパク質について異常な興味を持ち始め(こちらは興味ないし詳しくないのに突然話を振ってきてウザい)、最近は食事コントロールをしている様子。大好物だったポテトチップスダブルコンソメパンチとわさビーフを、キーボードやマウスが油で汚れるのを防ぐために箸で食べていた姿が懐かしい。

それらのおかげか、半年前くらい前に買ったちょっと高めのスーツが手首と足首以外パツパツしてる。おにいちゃんの部屋の前を通ったらドアが少し開いていたので、全身鏡の前でパツパツのスーツを着て自信ありげにボディビルのポーズをとっているのが見えた。キモい……

それちょっとパツパツすぎない?キモいよって、妹の有難い忠告は「いいの!これは俺のいっちょうら!」の一言で却下となった。まあ、他のスーツは大学の入学式のために買ったトップバリュの安物だもんね。しゃーない。つーか何故デートにスーツ?ファッションセンスが壊滅している。

 

生身の人間を好きになってから、おにいちゃんはより一層バカになった。
あんなに周りから蔑視されても、アニメやラノベが大好きだったのに。今や普通の大学生って感じだ。
 
今だポーズをとり続けているおにいちゃんの横の棚。「ここの棚にいる子は、ぜーいん俺の嫁!」とか言って、フィギュアにかぶるホコリを払っていたのを思い出した。おにいちゃんの手によって手入れされ、お行儀よく並んでいた小さな女の子たちは、いつのまにか部屋の隅のダンボールの中に処分する予定と思しきラノベと共に無造作に投げこまれている。フィギュアやラノベをどかした棚には、男性ファッション誌や筋肉雑誌が並んでいる。
箱の中で虚空をただひたすらに見つめているフィギュアたち。輝きもなく、焦点の合わない人工の瞳になんだかゾッとした。
 
「おう!七海ィ!にいちゃんイカしてるからってそんな見んなよ〜!んじゃ、いってきま〜〜〜〜〜〜す!!」
「………………いってらっしゃい」
 
キーーーーーーッッッモ!
なんなの。てか見てた訳じゃないし。勘違い乙。
 
つーか現実の女がそんなにいい?デートに「行く」ってだけで、おにいちゃんのことだから、自分から手を繋ぐこともできなければ、キスもできないだろうし、その先はもっと無理、だとおもう。
ばーか。ばーか。おにいちゃんのばか。はっきり言ってその女もばか。
おにいちゃんのいいところ10個スラスラあげてみろっての。
 
なんかおにいちゃんのせいで朝からシケた。
「働いたら負け!」とか「惨事はクソ」とか豪語してたおにいちゃんは、いつからいなくなったのだろうか。もう二度と帰ってはこないのだろうか。最近は毎日サークルの飲み会で帰りが遅くて、それ以外はバイトばっかして、夜な夜な鼻息荒く筋トレ。外見と中身の一斉入れ替えによって普通の一般文系大学生に生まれ変わったおにいちゃん。まあ、今までと比べたら初見の気持ち悪さはないだろうけど、なんか複雑な気持ち。おにいちゃんが開けっ放しにした窓から入る風がカーテンを揺らすのをぼーっと見た。
 
ここ最近で一番ありえないと思ったのは「やっぱキムタクってかっこいいよなぁ……」とか言い出して日サロ行ったこと。血が通ってないみたいに色白だったおにいちゃんが羨ましかったのに。
というか、これじゃ世間が言うところの大学デビューだ。引きこもり気味のオタクだったおにいちゃんより、今の方がよっぽど恥ずかしい。女に媚びてるみたいで、友達に媚びてるみたいで、世間に媚びてるみたいで、ほんとに気持ちが悪い。
おにいちゃんはオタクのほうがよかった。
 
プルルルル
 
電話の音がなったので急いでリビングに向かった。誰だよ電話。うわだる〜〜親戚の家の電話番号だ。無視しちゃお。親戚の人間が大っ嫌いなので。わたしはリビングのソファに寝転がってテレビをわざと大音量にしてつけ、着信音が止むのをひたすら待った。
 
毎年、お正月やお彼岸なんかで親戚が集まると、決まって部屋に引きこもってるおにいちゃんの話題が出る。あの子はいわゆるオタク系だから友達が少ない、一般的な趣味じゃないから結婚できない、類は友を呼ぶから友達もなんか微妙、こんなんじゃ彼女もできなければ結婚なんかもってのほか!、とかみんな好き勝手言っていた。
 
でも、それでも自分の趣味を貫いてたおにいちゃんのほうがわたしは好きだし、かっこいいとおもう。人の趣味にケチつける方が悪い。親戚はみんなアホ。人と少し変わってたって、それを受け入れて好意を持ってくれる人は居るはず。つーかおにいちゃんのこと一番悪く言ってる親戚の叔母さんは、めっちゃデブだし、美人でもないし、食べ方汚いし、鼻息荒いし。しかも男性アイドルの熱狂的なファン。でも旦那もいるし子供もいるし友達だっている。
叔母さんは、自分の趣味を享受してくれる人が近くにいることが、当たり前になってるんだ。だから、おにいちゃんについて話す時、自分を棚に上げてアレコレ言うんだ。自分のこと見えてなさすぎ。くそだせえ。
そもそも、人間はみんなどこかしら人と違ってるはずなのに、自分は平均、自分は一般的、自分は普通とか思って、自分の価値観から外れた人間のことを平気で悪くいうのやめた方がいい。
 
来年のお正月は、おにいちゃんの変貌を見てみんなはどう思うのかな。毎年恒例親族カラオケ大会では、おにいちゃんに「三代目歌って!」とかミーハーな従姉妹は言うかもしれない。それで、もし、おにいちゃんもデレデレしちゃって、ウーッウーッセイッ!とかノリノリで歌ったらどうしよう。その上ランニングマン完璧だったらどうしよう。ファルセット完璧だったらどうしよう。今まで通り、みんな引いてるのを全く気にしないで「恋のミクル伝説」を本気で汗かきながら歌ってて欲しかった。本家をリスペクトして「宙の彼方へ」の「へ」は「e」じゃなくて「he」って発音するし、間奏で突然「みくるーーーー!!結婚してくれーーーーー!!!!おっっっっぱぁーーーーーーーーーい^^」とか言ってたおにいちゃんが歌う三代目なんか聞きたくない。ちょっと想像しただけでオエー。
 
 
「子供の頃ってただ走ってるだけで楽しくて、ほんと奇跡みたいな時期だったわ」
 
さっきつけておいたテレビから、映画の予告が流れた。ずっとテレビはついてたけど、音は右から左だったのにこの言葉だけがなぜか頭に入ってきた。
なんか、じわじわムカつくセリフ。なんなのこれ、嫌。こういうの。説教くさい。
それできっと、こう続く。
「でも、今の君の歳だって、70歳の僕からしたら凄く楽しかったんだって、後になったら気づくんだ。」ここで窓の外なんか見たりなんかして、「つまりね、人生で一番楽しい時期ってのはいつだって、今じゃない」
まあ想像だけどね。想像。
 
人生で一番楽しい時期は今じゃないっていうのは、大好きなおばあちゃんがいつもわたしに言ってたこと。おばあちゃんは、他の親族みたいにおにいちゃんの趣味を悪く言ったりしない。
おばあちゃんは「誰に何を言われようと好きなものを好きって人前で堂々と言えるあの子はカッコいい」って、わたしに教えてくれた。それまではおにいちゃんのことを恥ずかしい兄だと思ってたけど、おばあちゃんの一言で確かにって思えた。わたしも好きなもの、好きなひとのことを素直に好きって言いたい。
 
でもさ、楽しかったことだけじゃなくて、あれは違ったな間違ったなって思うのも、決まって今じゃないよね。
コミケで集めてた同人誌とか、今じゃプレミアがついてるエロゲとか、某女児アニメのブルーレイとかを捨てたり売ったりしたこと、おにいちゃん絶対後悔すると思う。これから捨てようとしてるフィギュアやラノベも。そういうの、何年も後になって気づくんじゃ遅いよ。だって、それはもう手元に無いんだもん。生きてるのは、今なんだから。どうして人間は今の価値を今理解できないんだろう。どうして自分で切り捨てて、後で思い返して後悔するようなことしちゃうの?
 
おにいちゃんが大切にしてたものを捨ててまで女と付き合って、別れて、そのあと我に返って、後悔してるのなんか、見たくない。見たくないよ。
 
わたしはソファから飛び起き、勢い良く階段を駆け上って、おにいちゃんの部屋に入った。そうだ、わたしがこの子たちを引き取ろう。乱雑にダンボールに入れられてるフィギュアたちは、今日からわたしのもの。もうこの子たちに虚空を見つめるような悲しい瞳はさせないんだから。おにいちゃんが後悔しないようにしてあげているわけじゃない。わたしが嫌だと思うことを未然に防いでるだけなんだから。
おにいちゃんがしていたように毎日丁寧にホコリを払って、綺麗な状態にしてあげたい。フィギュアでも、きっと一人の女の子なんだ。その日の気分でディスプレイし直したり、ポーズを変えたり、衣装を着せ替えたりしてあげたい。おにいちゃんは、優しいから、こんなふうに思っていたのかもしれないな。
 
おにいちゃん、趣味変えるなんてしないで、ありのままで女と付き合えばいいのに。おばあちゃんやわたしみたいに理解のある女の人は絶対いる。だって世界におんなはたくさんいるんだよ?その女の人は趣味を捨ててまでデートしたい、付き合いたい人なの?ひとの趣味にケチつけるような人間と付き合うんじゃないよ。もしその人に元オタクってこと知られて振られたらどうすんの。
ばか。おにいちゃんは本当にばか。
 
たくさんのフィギュアが入ったそれを自分の部屋に持って行こうと持ち上げたとき、力が入ったからか目から水滴がポトポトと落ちた。うわっ。なに泣いちゃってんのわたし。ダサ。なんだか恥ずかしくなって下を向いたら、箱の中の朝比奈みくると目が合った。その小さな顔にわたしからこぼれた水滴がついていて、まるで本当に泣いているかのようだった。キラキラと世界の色を反射するその瞳は、生きていた。
わたしは急に愛おしくなって、動かない朝比奈みくるを手に取り、やさしく抱きしめた。
 
Come On! Let's dance!
Come On! Let's dance! Baby!
涙をふいて走り出したら
Come On! Let's dance!
Come On! Let's dance! Baby!
宙の彼方へSpecial Generation
 
おにいちゃんの歌う「恋のミクル伝説」が記憶の中で何度もリフレインした。