おまえどこ中?

最終学歴 オールフィクション

すき

 

ジーワ ジーワ

 

鬱陶しい蝉の声も小さくなってきた。

わたしは同級生や先輩とともに燃えるような太陽の下、部活という青春に高校最初の夏を捧げようとしている。先週の日曜日に行われた高校サッカー全国大会地区予選で二回戦敗退した我が校の三年生は、今日の練習で一応引退となる。先輩たちが引退したらいつもは狭く感じていたこのグラウンドも広く感じるのだろうな、などとぼんやり考えながらファイトーナイシューどんまーい。今日でチームメイトとしてはもう二度と現れない先輩達、そのボールを追う姿を瞳に焼き付けるようにグラウンドを見る。

「もうそろそろ夏も終わりだね」

わたしともう一人、グラウンドに目をやりつつタオルやドリンクを準備したり、脱ぎ捨てられたジャージを畳んだり、スコアをつけたりする女の子、愛菜。いつもは元気でハツラツとしている彼女に似合わない言葉をぽつりとこぼした。いつもと違う部活の雰囲気が、そうさせたのかもしれない。 

 「ね。先輩も今日で引退だし、なんか寂しくなっちゃうね。」

と、返事。隣から、ね〜、と聞こえる。

ストップウォッチに視線を移す。おおよそ40分経過。そろそろドリンクとタオル移動させなきゃ。作業しながらも、ある人物だけ、無意識に横目で追ってしまう。本間先輩、彼もまた、例にならって明日からはもうチームメイトではない。愛菜はボールを抱えて下を向き、足で砂を持て余している。

「あのさ、うち」

「ん〜。」

「本間先輩が好き!」

下を向いていた愛菜の少し赤らんだ笑顔が目に入った。

「……え?」

「結構みんな知ってるみたいなんだけど、沙代気づいてた?……って、そのリアクションじゃ、知らなそうだね。」

気づかないうちにそっと真後ろに立たれて後頭部を鈍器で強く殴られたような、そんな感覚。一瞬で泣きじゃくりたい気持ちになった。

「本間先輩ってあの本間先輩?」

「んもー!何いってるの!本間先輩はうちの学校に一人だよ?三年生の!」

「うん、だよね。あー、そうなんだ!はは、そっかそっか!」

本間先輩。グラウンドで走り回る彼はとっても爽やかでかっこいい。ムードメーカーでもあり、後輩からの人望も厚い。わたしたちマネージャーにも優しい。先輩とは挨拶くらいしか会話しないけれど、わたしも先輩のいいところたくさん知ってるよ。

「うちね、ずっと、この気持ちは憧れなんだと思ってたの!この前、沙代が先輩にドリンクを渡してるとこをみて、悲しいというかムカムカというか、何だろう、とにかくそうなって。これって憧れじゃなくて、先輩を自分のものにしたいって、他の人と仲良くしてほしくないって、嫉妬だ、恋なんだって気づいたの!」

「そっ、か、なんか……ごめん……ね?本間先輩いい人だよね!」

なんて言っていいのかわからなくて謝ってしまった。そうなんだ……どうしよう。

「今日、先輩引退じゃん?だから、思い切って告白してみようと思って」

「……え〜!そうなんだ……!いいじゃん!愛菜明るくて可愛いし、一緒にいて楽しいから、愛菜のこと彼女にする男の人は凄く幸せだと思う!」

 

恋愛は、この人が好きです!って、周りの人に誰よりも先に言えた人が勝つ。勝つって表現はなにか違うのかもしれないけど、でもそうだとわたしは思う。

本間先輩のことを好きな女の子、愛菜の他にもきっといる。だけど、わたしや周りの人に先輩が好きだって言えた愛菜は、少なくとも、わたしを牽制できた。わたしはこれから、先輩と必要以上に仲良くしてはいけないし、二人きりになってはいけないし、デートなんて以ての外。

たとえ、わたしが今から誰かに先輩が好きと言ったとしても、その誰かは愛菜も先輩を好きだということを知っているだろうから、よく思わないだろう。仮に、わたしが先輩に告白して両想いになったとしても祝福は、されない。一番初めに好きと言えた人が周囲の人間から応援されるし祝福されるのだ。知ってる。理解してるよ。わたしの立場。

 

ピピピ

「なにぼーっとしてるの〜!もう!ドリンクとタオルいくよ!」

「うん」

ストップウォッチがなるまで愛菜は何か話してたけど、全部右から左だった。

僻みとか嫌みとかじゃなく、さっき愛菜にいった褒め言葉は全部心からおもっている。本当に愛菜はいい子だしかわいい。友達も多くて地味なわたしとも仲良くしてくれる優しい子。本人は気づいてないみたいだけれど、男の子からも人気がある。それに比べてわたしはどうだ。わたしの先輩に対する気持ちを誰かに言った場合、わたしは応援してもらえるような人間なのだろうか。

 

部活が終わってミーティング中もぐるぐる。このことばっかり。先輩たちの引退の挨拶も監督の講評も全然入ってこない。好きな人が友達と被ったということが衝撃的だった。そういえばさっき部活終わったら告白するって、愛菜、言ってたな。いつも何気なく本間先輩の所に誰よりも先にドリンクとタオルをもっていっていたけれど、あれ、愛菜はどんな気持ちで見てたのかな。なんかとっても愛菜に申し訳ない。もっと早く、好きだってこと知りたかった。

 

「沙代!またな。いつもドリンクとか、ありがとな。」

「あっ、はい。お疲れ様です。」

だめだ、どうしよう。素っ気なくなっちゃった。嬉しいのに、先輩から挨拶してもらえて凄く嬉しいのに、愛菜の笑顔が脳裏に浮かんで心から喜べない。またなっていってくれたのに、嬉しいですって、声に出せなかった。あと、先輩がいなくなったら寂しいとか、受験頑張ってくださいとか、言いたいことたくさんあったのにひとつも言えなかった。いや、言えなかった。先輩ごめんなさい。愛菜、ごめんね。わたしも、先輩のこと

「沙代!またあしたね!あと、うち、今から先輩のところいってくる。……激励して!」

「うん〜、またあした。愛菜なら大丈夫!いい知らせ待ってるよ!」

にこっと笑ってスカートを翻し先輩を追いかけていく愛菜。わたしはミーティング中に混乱する頭で、必死に考えた台詞を笑顔で言えただろうか。愛菜なら大丈夫、これは本当だよ。

 

陽が沈みきったグラウンドをすこし眺めてから、暗闇の中ひとり、帰路についた。道すがら涙とともに音にならない二文字がこぼれたけれど、光のささない真っ暗な海底から上るちいさな泡のように、そのふたつは暗闇にとけて消えた。